「長幼の序」と聞いて、あまりいい感じがしなくなった。年配者が何やら上から目線で、偉ぶった振る舞いをすることを想起してしまうからだ。つい最近の政治家の言動が話題になったからかもしれない‥。
その意味は、年長者と年少者の間にある、社会風習上守るべき秩序のことで、年少者は年長者に対して畏敬の念を持ち、年長者は年少者を慈しむという心構えをいう。
レンジャーズのダルビッシュ投手(25)は4月10日、メジャー初登板で勝利を挙げたマリナーズ戦の翌日、本拠地レンジャーズ・ボールパークで試合前の練習に参加した。
キャッチボールなどで軽く体を動かした練習後に、マリナーズ岩隈久志投手(30)、川崎宗則内野手(30)と会話した後、前夜3安打されたイチロー外野手(38)のもとに駆け寄ってあいさつをした。

ダルビッシュ投手は帽子を取って軽く会釈をしたあと、イチローと握手を交わした。イチローから「頑張れよ」と声を掛けられたダルビッシュはにこりとして白い歯をのぞかせた。
将来、確実に野球殿堂入りする先輩大リーガーに、帽子を取って頭を下げる行為はまさしく「長幼の序」そのものの品行である。
日本人からすれば、こんな光景、特段めずらしくもないし、何の不思議もない普通の行動なのだが、しかし、これを見ていたマリナーズやレンジャーズの選手たち、そして他の関係者達はどう思っただろうか?
非常に興味があるからぜひとも彼らに話を聞いてみたい‥と思っても、そんなことはできる訳はない。
海のものとも山のものとも未だ判らない、6年契約6000万ドル(約46億円)という高額契約で入団してきた25歳の投手が、200本以上の安打を10年間も続けてきた選手に歩み寄って握手を求めた光景を目にして、彼らはどう感じたかは非常に興味が沸く。
まず、第一に鳴り物入りで入ってきた投手が、昨日3安打されたにもかかわらず、帽子を取って会釈し握手を求めたことで、日本人選手間におけるイチローの存在の大きさをあらためて感じさせた。
第二は、これから何度も対戦するというのに、いくらイチローでも、わざわざ頭を下げてまで近寄っていくことはないだろうと思った。
第3は、割り切った見方だが、ようするに単なる日本人同士の挨拶に過ぎないと思っただけか、もしくは別に何も感じなかった‥、ということである。
なぜ、こんなことを思ったかというと、話は少しさかのぼるが、2004年2月にレンジャーズからヤンキースへ移ってきたアレックス・ロドリゲス(A-ロッド)と、2005年にメジャーに昇格してきたロビンソン・カノのことを思い出したからだ。
A-ロッドの目覚しい活躍は衆知のとおりだ。2001年にリーグ1位の52本塁打、133得点、393塁打。2002年にメジャー1位の57本塁打、142打点。2003年にリーグ1位の47本塁打、長打率6.00を記録した。同年4月には、27歳149日で、史上最年少での300本塁打[達成した。しかも史上2人目の最下位チームからのMVP獲得を成し遂げるなどの活躍を見せた。

2004年、ヤンキースに入団した年は36本塁打、打率286と落ち込むが、翌2005年には、48本塁打、打率321.長打率6.10と2003年を上回る好成績を残した。(※後に薬物疑惑などが明らかになるが‥)。
ロビンソン・カノは2005年5月に、3Aチームで打率.333の好成績をあげ、メジャーに初昇格してきた。二塁手のポジションを他選手から奪い取り、その年、打率.297、14本塁打、62打点と新人ながら目覚しい活躍をした。
その2005年のシーズン中、ダッグアウト内でのカノのA-ロッドに対する接し方を見ていて驚いた。3Aからメジャーに上がってきてまだ日も経たないのに、史上最年少で300本塁打を達成したA-ロッドと何のこだわりもなく普通に話しをしているのだ。気後れやたじろぎといったものは微塵も感じさせない自然な振る舞いに見惚(みと)れていた。
A-ロッドだけでなくジーターやジアンビーに対する接し方も同じだ。テレビ画面に映るダッグアウト内のこうした光景など、日本人の選手間では考えられないような鷹揚さである。平たく言えば、ざっくばらん、くだけた感じ、開けっぴろげで大らかという形容がぴったりだ。
相手がいかなる選手であろうと、そんなものお構いなしだ。有名選手、大打者に対する畏敬とか推重(すいちょう)の念といったものはひとかけらもない。物怖じしないといえばその通りだが、要するに相手がどんな大選手であろうと、野球をやっている同僚であるということが大前提としてあるからかもしれない。
先輩を先輩とも思わない、というよりも先輩、後輩といった概念がないからこそ、こうした自然な付き合い方ができるのだろうと察する。
しかも、将来野球殿堂入りが確実視されている大打者たちも、別段偉ぶることもなく、気にもかけず同じように対応しているから不思議である。
したがって、先輩も糞もないから、先輩が先輩風を吹かせるといったことなどありえないし、また先輩が後輩に制裁を加えるといったようなことも起こりえないのだ。変なしがらみやわずらわしさといったものは一切ない、実力一本の世界が成立していると言う訳だ。
言ってみれば、東洋人の「長幼の序」というような、相手を慮る精神構造というものが希薄だからこそ、カノのような簡明直截な接し方ができるのだろうと思ってしまう。
日本人の私としては、多少の違和感を憶えながらも、大リーグ中継はそっちのけで、ときおり映るベンチの中の様子を正直面白い光景として見ていたものだ。
ところで、別の場面で「年長者(監督)に敬意を払う」なんてことは一切ないと感じたことがあった。それは、トルシエがサッカー日本代表監督をやっていたときの事だ。
集合時間に遅れてはいないが、開始間際に部屋に入ってくる選手達に、トルシエ監督がもっと早目に集まるようにと苦言を呈した。そのとき中田が「時間には遅れてはいない。決められた時間内に集まっている」と反論した。トルシエは、それ以上は何も言わずそれで終わった。
中田がどうのこうのと言っているのではない。彼は正論を言っただけのことでなんら間違ってはいない。
とはいえ、仮にこの時の監督が(トリシエではなく)同じ高校や大学の出身者、あるいは社会人の先輩だったとしたなら、言い返したりする誰かは出てきただろうか‥。いや誰も何も言わずに従ったことだろう。
あるいは、監督がジーコとか、より年長のオシムだったとしたら、皆一様に黙っていただろうと私は思うのだが‥。
「長幼の序」といっても、人は相手を見て態度や言葉をうまく使い分けているのだ。(了)

















