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「長幼の序」:イチローとダルビッシュ

2012/05/16 02:42

 

「長幼の序」と聞いて、あまりいい感じがしなくなった。年配者が何やら上から目線で、偉ぶった振る舞いをすることを想起してしまうからだ。つい最近の政治家の言動が話題になったからかもしれない‥。

 

その意味は、年長者と年少者の間にある、社会風習上守るべき秩序のことで、年少者は年長者に対して畏敬の念を持ち、年長者は年少者を慈しむという心構えをいう。

 

レンジャーズダルビッシュ投手(25)は4月10日、メジャー初登板で勝利を挙げたマリナーズ戦の翌日、本拠地レンジャーズ・ボールパークで試合前の練習に参加した。

キャッチボールなどで軽く体を動かした練習後に、マリナーズ岩隈久志投手(30)、川崎宗則内野手(30)と会話した後、前夜3安打されたイチロー外野手(38)のもとに駆け寄ってあいさつをした。

 

 

 

ダルビッシュ投手は帽子を取って軽く会釈をしたあと、イチローと握手を交わした。イチローから「頑張れよ」と声を掛けられたダルビッシュはにこりとして白い歯をのぞかせた。

将来、確実に野球殿堂入りする先輩大リーガーに、帽子を取って頭を下げる行為はまさしく「長幼の序」そのものの品行である。

 

日本人からすれば、こんな光景、特段めずらしくもないし、何の不思議もない普通の行動なのだが、しかし、これを見ていたマリナーズレンジャーズの選手たち、そして他の関係者達はどう思っただろうか?

非常に興味があるからぜひとも彼らに話を聞いてみたい‥と思っても、そんなことはできる訳はない。

 

海のものとも山のものとも未だ判らない、6年契約6000万ドル(約46億円)という高額契約で入団してきた25歳の投手が、200本以上の安打を10年間も続けてきた選手に歩み寄って握手を求めた光景を目にして、彼らはどう感じたかは非常に興味が沸く。

 

まず、第一に鳴り物入りで入ってきた投手が、昨日3安打されたにもかかわらず、帽子を取って会釈し握手を求めたことで、日本人選手間におけるイチローの存在の大きさをあらためて感じさせた。

第二は、これから何度も対戦するというのに、いくらイチローでも、わざわざ頭を下げてまで近寄っていくことはないだろうと思った。

第3は、割り切った見方だが、ようするに単なる日本人同士の挨拶に過ぎないと思っただけか、もしくは別に何も感じなかった‥、ということである。

 

なぜ、こんなことを思ったかというと、話は少しさかのぼるが、2004年2月にレンジャーズからヤンキースへ移ってきたアレックスロドリゲス(A-ロッド)と、2005年にメジャーに昇格してきたロビンソン・カノのことを思い出したからだ。

 

A-ロッドの目覚しい活躍は衆知のとおりだ。2001年にリーグ1位の52本塁打、133得点、393塁打。2002年にメジャー1位の57本塁打、142打点。2003年にリーグ1位の47本塁打、長打率6.00を記録した。同年4月には、27歳149日で、史上最年少での300本塁打[達成した。しかも史上2人目の最下位チームからのMVP獲得を成し遂げるなどの活躍を見せた。

 

 

 

2004年、ヤンキースに入団した年は36本塁打、打率286と落ち込むが、翌2005年には、48本塁打、打率321.長打率6.10と2003年を上回る好成績を残した。(※後に薬物疑惑などが明らかになるが‥)。

ロビンソン・カノは2005年5月に、3Aチームで打率.333の好成績をあげ、メジャーに初昇格してきた。二塁手のポジションを他選手から奪い取り、その年、打率.297、14本塁打、62打点と新人ながら目覚しい活躍をした。

 

その2005年のシーズン中、ダッグアウト内でのカノのA-ロッドに対する接し方を見ていて驚いた。3Aからメジャーに上がってきてまだ日も経たないのに、史上最年少で300本塁打を達成したA-ロッドと何のこだわりもなく普通に話しをしているのだ。気後れやたじろぎといったものは微塵も感じさせない自然な振る舞いに見惚(みと)れていた。

 

A-ロッドだけでなくジーターやジアンビーに対する接し方も同じだ。テレビ画面に映るダッグアウト内のこうした光景など、日本人の選手間では考えられないような鷹揚さである。平たく言えば、ざっくばらん、くだけた感じ、開けっぴろげで大らかという形容がぴったりだ。

 

相手がいかなる選手であろうと、そんなものお構いなしだ。有名選手、大打者に対する畏敬とか推重(すいちょう)の念といったものはひとかけらもない。物怖じしないといえばその通りだが、要するに相手がどんな大選手であろうと、野球をやっている同僚であるということが大前提としてあるからかもしれない。

 

先輩を先輩とも思わない、というよりも先輩、後輩といった概念がないからこそ、こうした自然な付き合い方ができるのだろうと察する。

しかも、将来野球殿堂入りが確実視されている大打者たちも、別段偉ぶることもなく、気にもかけず同じように対応しているから不思議である。

 

したがって、先輩も糞もないから、先輩が先輩風を吹かせるといったことなどありえないし、また先輩が後輩に制裁を加えるといったようなことも起こりえないのだ。変なしがらみやわずらわしさといったものは一切ない、実力一本の世界が成立していると言う訳だ。

言ってみれば、東洋人の「長幼の序」というような、相手を慮る精神構造というものが希薄だからこそ、カノのような簡明直截な接し方ができるのだろうと思ってしまう。

 

日本人の私としては、多少の違和感を憶えながらも、大リーグ中継はそっちのけで、ときおり映るベンチの中の様子を正直面白い光景として見ていたものだ。

 

ところで、別の場面で「年長者(監督)に敬意を払う」なんてことは一切ないと感じたことがあった。それは、トルシエがサッカー日本代表監督をやっていたときの事だ。

 

集合時間に遅れてはいないが、開始間際に部屋に入ってくる選手達に、トルシエ監督がもっと早目に集まるようにと苦言を呈した。そのとき中田が「時間には遅れてはいない。決められた時間内に集まっている」と反論した。トルシエは、それ以上は何も言わずそれで終わった。

中田がどうのこうのと言っているのではない。彼は正論を言っただけのことでなんら間違ってはいない。

 

とはいえ、仮にこの時の監督が(トリシエではなく)同じ高校や大学の出身者、あるいは社会人の先輩だったとしたなら、言い返したりする誰かは出てきただろうか‥。いや誰も何も言わずに従ったことだろう。

あるいは、監督がジーコとか、より年長のオシムだったとしたら、皆一様に黙っていただろうと私は思うのだが‥。

 

「長幼の序」といっても、人は相手を見て態度や言葉をうまく使い分けているのだ。(了)

 

 

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平清盛:宋宋貿易と中中(チュンチュン)旅行

2012/05/05 00:37

 

NHK大河「平清盛」の視聴率が低調らしい。画面が汚い、暗い、人物関係が複雑などと批評も小うるさい。NHKも映像を明るくし、冒頭に解説などを入れ、相関図を明示し分りやすくするなどの改善を行っている。また他番組で平氏一族の特集番組を組んだりして視聴率アップに躍起だ。

 

しかし、昨年の「お江」の時も出だしは同じようなことが言われていた。「野球でいえば三回裏が終わったあたり。大河は50回ある」と、極楽トンボのように鷹揚に構えているのは、後半になれば盛り返してくると自信を持っているからだろうか。視聴率ごときで浮き足立ち、じたばたと慌てふためくことなどないのがNHKだ。民放とは違って‥。

 

 

平清盛

 

凡夫の私見だが、視聴率低迷の根本原因は「平清盛」という人物にあると思っている。清盛に代表される平氏は、まずもって、どちらかというと国民に人気のない歴史上の支配者であり人物なのだ。貧弱な歴史の知識しか持っていない私だが、清盛や平氏一族の印象ははっきり言って良くはない。反対に、多くの人たちが源頼朝や義経に代表される源氏に親近感を抱いていたりする‥ことが多い。

 

歌舞伎や講談、小説や映画などに取り上げられてきた経緯から、「平家=暗」、「源氏=明」といった短絡的構図が作り出されてきたと同時に、一般人の心の中にもそうした感情が植えつけられ、醸成させられてきたとも言える。

したがって、平氏関連のドラマなどはぜひとも観てみたいというものではないように思える。大河ドラマの主人公として一般人からアンケートを取れば、清盛は下位にランクされてしまうかも知れない。

 

にもかかわらず、そうした人物を選定してしまうところがNHKだ。すべての歴史上の著名な人物を平等に取り上げるというNHKの放送理念のようなものが感じられるが、しかし別の見方をするならば、この放送局らしい「独りよがり」とも言えないこともない。

それでもその気になれば何時でも、何時間でも、あらゆる方法で番宣ができるのだから、必死になって清盛を盛り上げていけば、低視聴率などあっというまに改善されることだろう。

 

ところで、平清盛の全盛期(平安時代末期)中国は宋(南)の時代で、日宋間で活発に貿易が行われていた。当時の社会的商業規模から考えると、日宋間の貿易は膨大な通商量だったいえる。

通商の総括責任者となって利権を掌握した清盛は(保元3年=1158年)、日本初の人工港を博多に築くとともに、音戸の瀬戸を開いて瀬戸内海の航路の整備を行い、大輪田泊(おおわだのとまり=神戸港を拡張して、宋との貿易を本格的に推進していく。

日本最大の貿易港・博多には、宋の商人がこれでもかというほど多数住んでいて、日本人の妻を持つ豪商もいたという。何だか千年後の今を彷彿とさせるようだ‥。

 

 

宋船と航海図

 

この盛況な日本と宋の貿易の実質的業務は、すべて宋人(中国人)が担っていた。日本人は貿易業にはまったくタッチしなかったのだ。つまり、現地の宋の商人が物品を輸出し、宋の船会社がこの荷を博多まで運び、そして博多に居住する宋の商人がそれらを輸入して販売していたということである。宋宋貿易と言われる所以だ。

 

日本人側はそんなまだらっこしい取引には手は染めず、宋人に貿易という金儲けをさせてやっている代わりとして、マージンを取っていたという訳だ。宋から物品が博多に入り、博多の宋商人の手に渡った時点で差益を得る方法とか、物品の数量に応じて課せられた価額を収受するというやり方だ。

「関税」といえば聞こえはいいが、平たく言えば「ピンハネ」、あるいは「しのぎ」という差益で金を儲けていたのだ。

 

で、突然話は変わりますが、上海万博2010年5月)の前年、上海の南の方にある○州市から観光客招致のための訪日団がやってきて、セミナーを開催するというので知人に誘われて参加したことがある。

現地からは党の幹部や観光行政部門の幹部や関係者たち、そして旅行会社やホテルの担当者たちが多数来日し、日本人観光客誘致のためのプレゼンが行なわれた。

 

セミナーが始まると、まずはお決まりの挨拶である。訪問団団長や党幹部、市の幹部に観光行政の幹部たち、業者を代表して副団長などが入れ代わり立ち代り前に出てきて話をする。一人一人の話はそれほど長くはないのだが、通訳者を入れているから、挨拶だか祝辞だが演説だかよく分からない彼らの顔見世に、うんざりするほどの時間がかかったのを憶えている。

 

私はどうでもいいから早く終われと思っているから、通訳者の癖のある日本語などまったく聞いていない。耳に入ってくる言葉は、「日中友好」「相互理解」「緊密な関係」「経済交流」などなど、観光客誘致セミナーに何の関係があるの?と思うようないつもの常套句が機関銃の弾のように際限なく放たれる。

 

旅行会社やホテルなどの現業部門の下っ端はほっぽり出しておいて、偉いさん達が我も我もと喋っているのを観ていると、共産中国の社会と人間模様を垣間見る思いがした。

中国人はこうしたセレモニーを形式ばってやらないと納得しない。我々にとってはあまり意味のないことも、彼らには非常に大事な手順だと言えるのだ。

 

その大事な場面を、同行の中国人カメラマンが間断なく撮りまくる。観光客誘致という大義名分にかこつけて、日本観光を満喫している幹部様たちが、日本滞在中に何をしていたかはこのカメラマンの腕にかかっているという訳だ。

観光客誘致のためだけの来日なら、こんなに多くの無用の幹部様たちは必要ない。しかし、それでは日本訪問団の予算は下りないのだろうと推測する。

 

知人によるとこのセミナーの出席者の大半は、日本に住んで旅行業をやっている中国人だという。もしくは日本の国籍を既に取ったか、伴侶が日本人の中国人とのことだ。日本の旅行業者の出席は2割ほどだという。

何かおかしいと思った。観光客誘致で来日してきているのなら、日本の旅行業者に話を聞いてもらわなければならないはずなのに‥と思いながらも、セミナー開催の案内書を送っているのは中国の観光局である。

 

 

 日本人もこんな横断幕を引っさげて、世界中をのし歩いてきた。

 

中国の旅行会社が本土で客を集め、中国の航空機で日本にやってくる。日本国内の宿泊や交通(JRや貸切バス)や食事・レストランの手配は、日本で旅行業の資格を持つ中国人経営の旅行会社が行う。

バス会社はまだ日本人の経営が大半だが、こんなもの時間の問題だ。ガイドはもちろん日本語のできる(元)中国人で、運転手も(元)中国人だ。中国人経営の免税店(という名のボッタクり雑貨店)や中国系の電気量販店で土産物を買いまくる。

 

今後、経営不振で傾いた温泉地の旅館やホテルを買い取ろうとする中国人が出てきても不思議ではない(もう買い取っている‥?)。そんな温泉旅館に泊まって、夕食は中華のバイキングで、朝食は朝粥食べ放題では日本観光旅行があまりにも味気なさ過ぎる。

こうした中国人がすべてを取り仕切る中国人のための日本観光旅行を中中(チュンチュン)旅行という。まるで1千年前の宋宋貿易と何ら変わりはない。

 

とはいえ日本政府も観光客誘致に躍起だ。今年の訪日外国人の目標人数は900万人だ。その約76%にあたる688万人をアジアからの観光客とし、韓国が200万人、中国が180万人、台湾が150万人、香港が57万人としている。

前田国交相は、観光は人口の減少、高齢化など閉塞感の漂う日本において大きな希望を持つ発展分野だと述べているのだが、多くの外国人観光客を受け入れて経済を活性化しようとする対処療法的施策など愚の骨頂だ。

 

子供を増やすための的確な施策など、今こそ100年の計といったものが必要なときなのに、政策らしい政策というものをまったく打ち出せない野田以下その他大勢の輩では期待するものは何もない。

 

将来フランスドイツのように、多くの外国人たちで国の中が混乱しないことを祈るばかりだ‥がしかし、すでに近隣国は日本に多くの刺客を送り込んできている。佐渡のトキのように、新しい日本人を作り出すために‥。

数十年後、人口減少に悩む日本には、世界各国からの異国人が住みつき、政治も経済も社会も様変わりしているかもしれない。(了)

 

 

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亀岡死傷事故:危険な道路だと認識していた学校、PTA、行政、警察に責任はないのか‥

2012/04/26 22:14

 

ネパールのカトマンズとポカラのほぼ中間辺りにムグリンという小さな町がある。カトマンズから約110km、ポカラまでは90kmの地点だ。上り下り1車線の道路を挟んで、かなり幅広くスペースがとられた町中の、その両側に多くの小ぎれいなレストランや小汚い一膳飯屋(食堂)、チャイ屋(茶店)、モモ屋(ネパール餃子)、焼き鳥屋、雑貨店(コンビニ?)、金物屋、散髪屋、宿屋などが立ち並ぶ。

 

カトマンズとポカラ方面から、そして南のインド方面、チトワン国立公園やお釈迦様の生誕の地であるルンピニ方面などからやって来たほとんどすべての車両がここに立ち寄って食事やトイレ休憩を取る。小さな町全体がドライブインになっている。したがって、お昼時のムグリンはなかなか活気があって賑やかだ。しかも国際色豊かな様相を呈する。

 

カトマンズ-ポカラ間を行き来するガタガタの格安乗合バスから下りてきた欧米の若者たちのグループが、狭い車内から開放された勢いで、大声を出して笑い騒ぐ。外国からのトレッカーを乗せた貸切バスが、予約のレストランの前に車を止めるとワイワイガヤガヤと賑々しく降りてくる。彼らが着る明るい色の服装や頭髪や雰囲気が、土っぽいムグリンの町を鮮やかで華やいだ風景に一変させるのは不思議だ。

 

 

村の女生徒たち                          スワヤンブナートのラマ僧 

 

10年ほど前になる。このムグリンから車でカトマンズへ帰る途中、名もない村のあたりで大渋滞に巻き込まれた。道路上は車が数珠繋ぎになっていた。ガイドが車を降りて渋滞の先へと調べに行く。そのうち、後続車の運転手や同乗者たちもゾロゾロと群れをなして列の先へと進んでいく。

私も車を降りて渋滞の先を見に行った。1キロほど歩いたその先の道路の真ん中に、クリーム色の布がかけられたものが目に入った。何があったのかはすぐに察した。布に覆われたそれは、大きくはなかった。明らかに子供だと判断できた。

 

上り下り1車線の道路は、カトマンズ方面に向けて山間部を左に緩くカーブしながら村の中を走っている。カトマンズ-ポカラ間を結ぶこの1本しかない幹線道路の維持管理は言うまでもなく粗悪だが、めずらしくこのあたりの路面はでこぼこもなく軽快に走行できる。

ガイドによると、事故に遭ったのは5、6歳の男の子で、道に飛び出して中型のトラックにはねられたとのことだ。事故を起こしたトラックの運転手は、そのまま車を走らせ、ずっと先の町の警察署に飛び込んだとのことだ。

 

村の人たちの怒りは収まらず、運転手を村まで連れて来いと言っている。そうでなければ子供の遺体はそのままにしてすべての車は通さないという。上下の車がストップしてからおよそ2時間以上が経つが、まったく埒は明かない。

警察も説得を試みるが村人たちは納得せず、運転手をここに連れてこいの一点張りだ。

 

トラック運転手が車を止めて子供を介抱するようなことはせず、そのまま逃げ去ったのは、私刑(リンチ)を恐れたからだ。

 

道路は3時間以上経ってから開かれた。ガイドによると、子供一人の尊い命をはした金に換えられただけだという。推測だが運転手は多分その日のうちか、数日後に放免されただろう。はした金さえも支払うことのできない運転手は、雇い主から借金をしたかもしれない。

そして、そして名前も顔も村人に割れていない運転手は、何事もなかったかのように、また再びこの村の中を走る道路を、多少はスピードを落としながら車を走らせていることだろう。たったの1週間後には‥。

 

 

スワヤンブナートのマニ車                    ラマ教祭事のお面(土産)

 

京都府亀岡市でいたたましい事故が起こった。事故を引き起こした18歳の無免許男は居眠り運転をしていたとのことだ。現場は道幅の狭い直線道路で、登校時間中は西向きの一方通行になる。軽乗用車は東から西へ走行中、道路右側を集団で歩いていた小学生の列に後方から突っ込んだ。

 

新聞やテレビでこの近辺に住む人々のコメントが報道されていた。

以前、この付近でバイクにはねられ軽傷を負った人は「スピードを上げて走る車が多い。市に言ってもなかなか手を打ってもらえなかった」と言う。

別の人は、「近くの国道バイパスが有料になったため、ここを抜け道にするドライバーが増えた。逆走する車もある。いつかこういう事故が起きるのではと思っていた」と言う。

さらに別の人は、「この道は交通量も多く、朝方に飛ばす車も多い。危ないと思っていた」と話す。

 

「いつかこういう事故が起きるのでは‥」という思いは、インタビューを受けた人だけでなくここに居住する人たち皆が持っていた感情だっただろう。したがって、学校側やPTAや、そして行政や警察も同じく危険な道路だと認識していたはずだ。にもかかわらず、これといった安全対策は打たれることはなかった。だから事故が起こったのだ。

 

管理者、監督者というものは、重大な案件が現実に発生しないかぎり重い腰を上げようとはしない。つまり、怪我人や死者が出てからでないと動き出さないのだ。

事故から一夜明けた24日朝、児童が通っていた市立安詳小学校は、事故現場を迂回するルートで集団登校を行った。殺されてから‥でないと動き出さない警察とやっていることは同じだ。

 

平野文科相は、事故について「まるで防ぎようのない事案で、こんなことが本当にあっていいのかという憤りを感じている」と訳の分からないことを言っている。民主党の○○大臣の放言には涙が出てくる。

 

「まるで防ぎようのない事案‥」なんてものはあり得ない。それが証拠に事故が起こった翌日に、学校側はすぐに通学路の迂回ルートという対策を打っている。

ここが危険な道路だと認識していたのなら、なぜもっと早くからそうしなかったのかと疑問に感じる。怠慢と言われても仕方はないだろう。

 

さらに大臣は、「(事故現場が)通学路としてふさわしいかも含めて検証し、改めて(全国の)通学路の選定方法が本当に良いのかというところまで検討すべきか詰めたい」と悠長な考えを示している。

検討すべきかを詰める頃には、この大臣は多分消えていなくなっているだろう。したがって、この言葉を真に受ける者は誰もいない。

 

事故が起こらないようにする事前の防御策はいくらでもある。車がスピードを上げて直進できないように、道路上に盛り上がった箇所を作ったり、途中で道幅を故意に狭くしたり、道路の左右両側に交互に木々を植えたり障害物を置いたりして、車が蛇行して進むようにするなどの方法がある。文科相の同僚で問責決議案が参院本会議で可決された前田国土交通相に聞いて見ればよい。

http://www.mlit.go.jp/road/soudan/soudan_06_01.html

 

結論を言うなら、こんなにも危ない道路を通学路としたまま、何らの手立ても打ち出さなかった学校やPTAの責任は大きい。さらに、危険だという声が届いていながら、そしてそのように認識していたにもかかわらず、的確な対処をしてこなかった行政や警察にも大きな責任があると段言できる。

 

被害者の遺族たちの無念さは、推して知るべしだ。子供をひき殺されたネパールの村人たちのような極端な行動は取れるはずはないが、しかし加害者に対して鉄槌を下してやりたいという気持ちは同じだろう。

 

こうした危険な通学路は全国に数限りなくあり、「いつか大変な事故が起こるかもしれない」と思っている人もたくさんいるのだ。学校や行政は早急に抜本的な通学路の見直しをする必要があると思う。

それにしても、最近の警察のたるんだ体質、何とかならないのだろうか。有識者の皆さん、声を上げてください‥。(了)

 

 

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仙谷由人:彼の失言、放言は数限りなくあってなかなか面白い‥

2012/04/20 23:58

 

沖縄県の先島諸島上空を通過するとみられていた北朝鮮のミサイルは、発射後約8分飛翔した後、上空151キロの地点で空中爆発し実験は失敗した。破片は韓国西方の黄海に落下した。

自信満々の打ち上げを国際的にPRしようと、海外メディアを地上管制室まで招待した北朝鮮だったが、世界が予想したとおりの結果に終わった。

私は、アメリカの初期のロケット発射時のニュースフィルムで何度も目にした、発射台、もしくは打ち上げ数秒後の大爆発を期待していたのだが‥。

 

この北朝鮮の暴挙に備えて、防衛省・自衛隊は海上配備型迎撃ミサイル(SM3)搭載のイージス艦3隻を洋上に配し、地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット」(PAC3)を沖縄県内と首都圏の計7カ所に配備した。

ミサイルを追尾・迎撃するためのシステムチェックや訓練で「万全の態勢」(幹部)を整えたはずだったが、日本のはるか手前でミサイルが爆発・落下してしまったことで、事実確認に手間取ってしまったと言い訳する。

 

防衛省は発射から2分後の午前7時40分にミサイル発射に関する米軍の早期警戒情報の受信を確認している。にもかかわらず、日本政府は「発射は確認していない」として、正式発表は発射後45分後まで控えられた。

 

日本中の万人庶民は「この政権‥ほんまにアホちゃう」と思ったことだろう。やることなすことすべてがど素人対応で、しかも後手、後手の体たらくである。

そんな政府の動静を、中枢にいる官僚たちは賢く立ち回りながら注視している。変にでしゃばることなく、隠れるように身を屈(かが)め、ど素人たちが「ヘタ」をこいたり、「すべったり」するところをじっと凝視しているのだ。まるで後宮に仕える○官のように‥。

 

  

 

藤村修官房長官は北朝鮮のミサイル発射に際した政府の情報発信のミスについて、検証チームを発足させると発表した。付け加えて、検証の対象に自身も入っているとのたまっている‥のだが‥、門外漢丸出しの能天気コメントに呆れた‥。

 

野田首相はミサイル発射後の安全保障会議で、引き続き緊張感を持って情報収集に努める、国民への情報提供に全力を尽くす、関係国との連携強化を図る、の3点を指示したのだが‥アホか‥、当たり前のことをさも重大そうに言うなと思わず呟いてしまう。

それよりもミサイル発射情報の入手方法や、政府と防衛省との連携や、穴だらけの警戒体勢について徹底的に精査、検証して国民に報告しろよと言いたくなる。

 

飢えた国民に腹一杯メシを食わすことができるだけの大金を、「臭いどぶ」に捨てるようなマネをしやがって‥北朝鮮。そのためこっちも、首都圏や先島諸島での24時間態勢の警戒監視体制とイージス艦の配備などに多額の税金をつぎ込むことになってしまった。東日本大震災で莫大な復興費を必要としているときに、死神が余計なことをしやがってと、一人焼酎を飲みながら、物言いもしだいに口汚くなっていくばかりだ。

 

ところで、3月の内閣府発表の「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」によると、東日本大震災に関わる自衛隊の災害派遣活動を「評価する」と答えた人は97.7%に達した。自衛隊の印象について「良い」と答えた人は91.7%で、1969年の調査開始以来、過去最高。震災活動の評価が自衛隊の好印象につながったとみられる。

しかし好印象の自衛隊なのだが、残念なことに入隊希望者は予想したほど増えていないという。国家公務員としてはこれほど安定した職業はないというのに‥。

 

  

 

その自衛隊のことを「暴力装置」と言って物議を醸した政治家がいた。料亭での戯れ事ではない。国会中の答弁の中でそう口走ったのは、官房長官の仙谷由人だ。

私は「えらいこと言う人やなぁ‥」と心底驚きながら中継を見ていた。その時は何の学識もないから、「アホちゃう‥」と呟いていただけだったが、しかし一流大学出の仙石大先生はやはり違いました。さすがは高学歴の元左翼運動家だ。

 

「暴力装置」とは、と説明を加えると字数が足らなくなってしまうのだが、要するに、暴力に実質的に対抗できるのは同等の暴力だけであって、その暴力を統制するためにはより強力な暴力、すなわち組織化された暴力(Organized violence)が社会の中で準備されなければならない、ということである。

軍隊や警察などがこれにあたり、社会学者のマックス・ウェーバーはこれらを権力の根本にある暴力装置と位置づけた。

 

何のこっちゃ??とお思いでしょうが、violenceの日本語訳がおかしいのだ。Violenceを「暴力」と直訳するのではなく「武力」と置き換えて読めばよく理解できる。

もちろん「暴力装置」なんて言葉は初めて聞いた。マックス・ウェーバー?名前は聞いたことはあるが、それ以上は何も知らない。したがって、私と同じ無学の野党の先生方も、この言葉を聞いてただただ色めき立ち、興奮し、無益な野次と怒号を飛ばしていた。あとでよくよく考えると、こいつらもアホ丸出し、ということを証明していた。

 

仙石大先生がこの言葉を発しようとする少し前、彼はちょっとつかえるように戸惑い、そして躊躇(ためら)う仕草が見られた。心の中で「これは言っちゃダメ‥、言うなよ‥」と自身に言い聞かせていたようだ。にもかかわらず、たぬきおやじの賢い脳ミソは自制を振り切って暴走してしまったのだ。

放言?のあと、大先生はあまりの強い反発にたじろいでいた。「あぁ~言ってしまった」という思いだったのだろう。しどろもどろになりながらも、一所懸命自分の発した言葉を正当化しようとあがいていた。

 

このたぬきおやじの舌禍までとはいかない失言、放言、暴言等々の問題発言は数限りなくあってなかなか面白い。これらをまとめて「仙石直口ツイッター」というのだが、このおやじの口は、余計なことをついつい口走ってしまうようにできているのかもしれない。

 

その物言いは、濡れた雑巾で相手の顔を逆撫でするような、多少品位に欠けたところがある。それはこのおやじが生きてきた長い人生に起因するのだ。つまり、それは子供時代から阿波の神童といわれるほど頭がよく、勉強ができ、常に人の先頭に立って行動し発言してきたことに他ならない。

そうした66年間の人生が、いつも相手を見下したような態度や仕草や発言となって自然と身に付いてしまった結果が今の大先生の身状、行状に繋がっていると言えるのだ。ただし、口向きは皮肉っぽいが、悪い人間ではないのかもしれない‥判りませんが‥。

 

最後に、このおやじの三大放言を上げておこう。

第3位は沖縄を激怒させた「安全保障政策の観点から(基地負担を)甘受していただく‥」http://euro10absolute.iza.ne.jp/blog/entry/2072315/だ。そして第2位は記憶に新しい「集団自殺」である。そして晴れある第1位は言わずもがなの「暴力装置としての自衛隊」だ。

 

なお現在、「仙石由人・放言研究」として資料を集めているところだが、しかしこのおやじに関する著作など誰が興味あるねん!!‥と、大阪人しか知らないこのお笑い芸人さん、特段、興味はありません‥。(了)

 

 

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田中防衛相:彼に関するジョークなど、ここがロシアなら10や20は当たり前

2012/04/10 02:58

 

4月1日、NHK広報局がツイッターで「エイプリルフールジョーク」を呟いた。内容は、本日、NHKと全ての民放が合併して国営放送になりました。今後は日本放送会社木履連盟(NHKPR)として、着物を着たアナウンサーが青い背景の前で、やや絶叫気味にニュースをお伝えする予定ですというもので、北朝鮮のテレビ放送を意識したものだった。

しかし、案の定というか、これが不適切だったと謝罪したあとすぐに削除したのだ。

 

英国などのようにたとえ「度を越したジョーク」であっても、社会全体が鷹揚に、そして寛大にこうしたものを受け入れるという素地ができあがっている国ならいざ知らず、そうしたことが未だ完全に許容されていない社会で、体裁だけを真似してみても反発され非難されるだけだ。

エイプリルフールという言葉が何十年も前に世間に認知されているにもかかわらず、日本においてはまだまだそうした環境は未熟なままだと言える。

 

今回のNHKのケースは最初から「エイプリルフールジョーク」だと断っている。にもかかわらず、それでも文句を言ってくる人間が出てくること自体がユーモアを受容する社会が成熟していない証拠である。ジョークに対してもっとおおらかで磊落であるならば、それらを受け入れることは簡単なことだと思うのだが‥。

 

しかしそれにしても、間髪いれず苦情や抗議を上げてくる人も人なら、ためらうことなくそれを受け入れてしまう人も人だ。おまけに親切丁寧に謝罪までしてさっさと幕引きを行う。そうすることで後腐れなく素早く事を収束させてしまうのだ。それで終わり‥やった本人も特段こだわりも何もない。

 

それなら断ってまで呟く「エイプリルフールジョーク」など初めから止(や)めておけよと言いたくなるのだが、そこが人間の浅はかなところで、ひょっとしたら謝罪し、削除しなければならなくなるかもしれないと薄々感じながらも、それを発信したいという誘惑に駆られてついついやってしまうのだ。

 

 

中国版ミニブログ「新浪微博」(シナ・ウェイボー)

 

隣の中国でも微博(ウェイボー)という中国版ツイッターで「北京でクーデター発生」などの噂がされ、「社会秩序を混乱させた」としてデマを発信した6人が拘束された。3億人以上が利用する微博(ウェイボー)での呟きは世論形成に大きな影響を与える。当局は実名登録制を導入し、管理を強化している。

 

中国と他の民主主義国家を同列にしてエイプリルフール云々を述べることほどバカらしいことはないのだが、この国ではへたな扇動ジョークや体制批判ジョークは自分の人生を終わらせてしまうことになる。

したがって、指導者や体制や党に対するものよりも、市井の愚鈍で蒙昧な一般庶民を扱った自虐的ジョークのほうがやりやすく無難なのである。もしくは下っ端の党員や下級官憲、官僚までが限度である。

 

エイプリルフールジョークではないが、今、世界的に話題になっている中国の「地溝油」についてのジョークをネットの孫引きでお一つ。

その前に、「地溝油」とは下水や廃油から再生した「食用油」のことで、工場などの排水溝や下水溝に溜まったクリーム状の油を濾過し、精製した安物の食用油脂である。あるいは、レストランや食堂の食べ残しゴミを回収して抽出した油を原料とする「残飯油」、さらに動物の皮下脂肪や内臓などからとった「内臓油」まである。

書いているうちに気分が悪くなってきたが、それではどうぞ‥。

 

下水油を食べるか食べないか、あるいはどれだけ食べるか、どう食べるかは、中国人民が国情に基づき自ら決定すべきものである。人民が自らの国土で下水油を食べることにいかなる国家も干渉することはできないし、また我が国と人民に対するそうした企ては全て失敗するだろう。-中国外務省報道官発表。

 

中国政府が外国からの人権問題についての批判を「内政干渉」として突っぱねていることと、鈍感で間抜けで何も言わない人民と、こうしたことをやり放題にさせている政府の無策ぶりを皮肉ったものである。

 

「地溝油」というものを作り出し、それを販売し、利用し、食する(食させる)人間がいるということが信じられない。ありえないことを何の躊躇もなくやってしまう中国人の人間性に驚愕する。

中国旅行などで安物の食堂や屋台などに首を突っ込み、ただ安いからといって気軽に美味しそうなものを食べることなど怖くてできなくなってくる。

 

  

高級レストランの美味しい中華料理

 

ところで、ジョークといえばロシアンジョークが有名だ。ソ連時代の共産政権体制を皮肉ったジョークは滑稽そのものだ。ネットに出ていた超有名なジョークを孫引きでもう一つどうぞ‥。

 

ある男が赤の広場で、「スターリンの大馬鹿野郎!」と叫んでいた。もちろんすぐに秘密警察に逮捕され、強制収容所送りになった。刑期は25年。その内訳は…というと、国家元首侮辱罪で5年。国家機密漏洩罪で20年‥、だとさ‥。

 

では日本の場合はどうかというと、先にも書いたように、どうもジョークというものを受容する社会ができあがっていないように思える。というよりジョークなどというものは野卑なものとして拒否するような傾向があるようにも伺える。

それが証拠に、日本中が片腹押さえて笑うような小話など一つも出てこない。もしそんなのがあるとしたら、俗世で大きく話題になってメディアを賑わせているはずだから‥。

 

たとえば今国会で人気者?の「田中直紀防衛相」に関するジョークなど、これがロシアの話なら10や20は出てきたとしても不思議ではない。

残念ながら日本では、単なる直情的な批判や一言、二言の粗野な物言いだけしか聞こえてこない。じんわりと効いてくるオブラートに包まれたような皮肉っぽいジョークは、日本人には作れないのだろう。

 

日本人はジョークに関してセンスはあまりよくない。はっきりいえば下手だ。と言うより相手をやんわりと貶(おとし)めるようなジョークは潔(いさぎよ)しとしないのかもしれない。

あるいは、あえてそうすることを避けている節もある。つまり最初から触れないように自制しているのだ。特定の政党、新興宗教、右翼に左翼、そして○室などに限らず、どんな分野でも表立ったブラックジョークなどほとんど出てこない。

 

だから誰にも害を与えず、迷惑をかけることのない「独善の駄洒落」や、あるいは当たり障りなく政治家や芸能人をあげつらう「貧寒の笑い」だけがはびこってしまうのだ。ある意味健全なことでもあるのだが‥。

 

ところでツイッターと聞くといつも思い浮かぶ芸人がいる。今も元気で働いている「つぶやきシロー」だ。ツイッターが話題になりだした頃、私はこの人が再度出てくるのではないかと思ったのだ。彼に何かを期待をしたわけではない‥。ただそう思っただけだった。しかし何の変化もなかった。いっとき死んだという噂が流れたりしていたが、やはり死んだままだった‥。

 

私が彼だったら、つまりこんなに面白い芸名を持っている人間なら、ツイッターの出現は絶好のチャンス到来と考え、それこそ面白いジョークを交えながら四六時中呟き倒したことだろう。

もちろん彼もツイッターをやっているようだが、残念ながら大きく話題になるようなことはなかった。転機を生かせなかったということだ。消えていくのは詮無い事だと思った。猫もゲッツもオバマ似の芸人さんも、どこかよく似たところがある‥。(了)

 

 

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猫ひろし:カンボジアへの恩返しは、カンボジア人の指導者を育てることだ!

2012/04/01 03:46

 

大手検索サイト「グーグル」に実名などの文字を入力して検索すると、途中から予測文字や補足情報を表示されてくる。「サジェスト機能」という。日進月歩の新機能に感心するばかりだが、この機能を巡り日本人男性がプライバシーを侵害されたとして、米国グーグル本社に表示差し止めを求める仮処分を申請し、東京地裁がこれを認める決定をした。(毎日jp)

しかし、米グーグルは「日本人、黙ってとれ‥」と言わんばかりに東京地裁の決定を無視し拒否する姿勢を示している。

 

話は変わって、カンボジア国籍を取得してロンドンオリンピック出場を目指していたお笑いタレントの猫ひろし(34)が25日、男子マラソンの同国代表に決まった。カンボジア・オリンピック委員会のワット・チョムラーン専務理事が明らかにした。他の競技の代表とともに4月に正式発表するとのことだ。

 

 

 

このことについてもっと知りたいと思いネットの検索枠に「猫ひろし」と打ったところ、「猫ひろし ○○」と宗教団体名が付いてきたので、「えっ‥」となって指が止まった。これが「サジェスト機能」か‥。

 

私は私の家のお墓の前で泣いたりしたことはありません。故人を偲んで悲しい気持ちになったことはありますが、そんな時以外はまったく宗教には関心はありません。古い宗教だろうが新しい宗教だろうが、普段まったく意識することもなく生きているのです。

 

したがって彼がどこぞの信者だろうとなかろうと、私には関心も興味もなく、ただロンドンオリンピックのマラソン競技のカンボジア代表に選ばれたということについて綴ってみた‥。

 

オリンピックのカンボジア代表に決定のニュースが流れてから、テレビ各局に彼が出てきて現在の心境や抱負などのコメントを述べると同時に、そこではあまりやりたくもない(感じがする)パフォーマンスを無理やりやらされているのを見ていると、オリンピック出場予定選手とは言え所詮は「芸人」としか見ていないマスコミの弄(もてあそ)ぶような横柄な要求に多少の怒りを憶える。

特に某番組で「よくわからなかったので、もう一度ギャグやって‥」という司会者の注文には呆然とした。馬鹿らしいのでチャンネルを変えたが‥。

 

一部の記事に、「猫の夢は実現するが、国籍を変更しての出場は論議を呼びそうだ」などと書かれてあったが、論議を呼ぶも何も、そもそもの話の発端は、カンボジア政府側が猫に国籍を変更してオリンピックに挑戦してみないかと持ちかけたことが端緒である。

 

したがって猫にしてみれば、今さら論議が燃え上がったとしても私には関係ございませんという気持ちかもしれない。テレビに映る浮ついたギャグとは裏腹の、いたって生真面目で真剣な言動から、律儀で愚直な人柄が窺える。

 

同時に、オリンピックに出場するという強固な一徹さは揺るぎなく、彼に対する批判も「甘んじてお受けします」と軽く受け流す。表面からは計り知れない確固とした芯の強さが窺えるのは、宗教に根ざした磐石な信念のなせる業か、それとも特定の組織の後押しというものがあるからだろうか‥。

いやいや断定してはいけない。組織がどうのこうのというのはネットに流れているだけのことだから‥。

 

さらに、「カンボジア国内ではあまり話題になっておらず、今のところ強い批判は起きていない‥」などと書かれてあるのを見ると、いずれ世論が騒がしくなり、ひょっとしたら拒否反応や反対運動が起こってくるかもしれない‥、あるいはそれを期待すると言っているようにも聞こえるが、しかしそんなことは起こりえないと確信する。

 

大都市?プノンペンでその日暮しをする人々やトンレサップ湖で魚醤用の小魚を獲る漁師など、多くの無辜の民にとっては猫がオリンピックにカンボジア代表として出ようが出まいが、金(マネー)を稼げるようないい話でも何でもないので特段気に留めることもないだろう。

 

またカンボジアの知識人や文化人はというと、日本国の自国に対する有償、無償のさまざまな巨額援助や、数多くの各種援助団体やグループがカンボジア国内でさまざまに活動していることをよく知っているからこそ、あえて声高に批判や反対意見を述べることなどせずじっと静観しているだけだ。

 

それにしても、国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長(ベルギー人)もけったいなことを言っている。「(国籍を変更しての五輪出場は)法律上、止めることはできない。しかし、私たちが好んでいるわけではない」とコメントしているのだが、アフリカ諸国の優秀なアスリートがヨーロッパの旧宗主国の国籍を取得し、その国の選手となってオリンピックに出てメダルを獲得していることなど承知の事実だ。自身もよく知っていることなのに、何が「好んでいるわけではない」だと呆れた。

 

「メダル」を期待するだけなら、猫などよりもケニアやエチオピア出身の選手を連れてくればいいのだ。しかしカンボジアにはそんな選手を迎え入れるだけの金はないし、またアフリカの選手ではカンボジアに何らの利益ももたらさない。

 

無償でカンボジアのために走ってくれて、大きな話題を振りまき、今後大いにさまざまな援助や観光客の増加が期待できる猫ならば、2時間30分前後で走る自国の選手の一人や二人を降ろしたとしても、そのほうがカンボジア国にとっては得策であると考えたのは自然である。そうしたカンボジア政府の考えが猫に国籍を変更してオリンピックに挑戦してみないかと持ちかけた要因でもあるのだ。

 

 

 

彼の芸人仲間やスポーツ関係者たちの多くが純粋にこの決定を喜び、彼のたゆまぬ奮励努力を賞賛している。

しかし猫よりもずっと以前からこの国に関わってきたさまざまな団体、すなわち教育援助やスポーツ指導や医療活動や地雷除去作業を行ってきた人たちはなかなか喧(かまびす)しい。彼らにしてみれば、何だかおいしいところを猫に持っていかれたような気がしてならないのかもしれないが、それにしては当を得た批判は聞かれない。

 

猫はオリンピックが終わっても国籍を変える事はないという。もちろんだ。そんなことはできない。猫にはきつい言い方だが、はっきり言ってこれといった芸もなく、面白みもなく、滑舌も悪く、目立った特徴もない芸人が今後もこの世界で生きていくには厳しすぎる。

 

しかし、今回のオリンピックのマラソン競技出場で彼は今後の生きがいを見つけることになるだろう。言い変えれば、今後打ち込んで行くべき道がはっきりするのだ。

ロンドンオリンピックのマラソン競技カンボジア代表という経験を大いに生かして、今後の人生をカンボジアに捧げていくという気構えで望んで欲しいものだ。

 

できるなら、彼自身が体育大学に入りなおし、基礎的な運動学からスポーツトレーニング実践論や方法論、陸上競技のコーチ学などを学んだのち、それをカンボジアの若いアスリートたちに教え込んでいく。

さらに、優秀なカンボジアの若者たちを日本の大学などに留学させて学問を習得させ、将来の指導者に育て上げていくことが彼のカンボジアへの恩返しになるのではないだろうか。(了)

 

 

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「誰か手袋、落としてるよ‥」と言ってるのに、知らんおっちゃんは無視、無視‥

2012/03/25 00:29

 

家の前の道端に子供用のカラフルな毛糸の手袋が両方そろって落ちていた。すぐ近くに自転車に乗った4、5歳の女の子がいたので、「誰か手袋、落としてるよ‥」と言ったら、その子は私の顔を見ることもなく、よそを向いたまま「友達の‥」と言ってそのまま走り去った。向こうのほうに友達らしき女の子と男の子が見えた。

 

近所に住んでいる子供だが、私は知らない。もっとも、近所に知った子などいないが‥。その子供も私を知らないし、見たこともなかっただろう。

幼稚園などでは「知らない人とは話をしてはダメよ」とか、「知らない人が話しかけてきたら、すぐに逃げるのよ」などと教えているとのことだ。

 

だから女の子は私の顔を見ることもなく、プィッとよそを向いて行ってしまった。あるいは、私の手袋じゃないから関係ないわ、私に責任をおっかぶせないで‥とも言いたかったのかもしれない。

 

女の子のこの行動は正しい。ちゃんと教えられたことを守っているのだ‥と思いながらも何か空しい。幼稚園、小学校低学年、高学年と学校でも家庭でも、そして地域のコミュニティーでも、あらゆるところで「知らない人には近づくな」、「知らない人が寄って来たらすぐに逃げろ」、「知らない人とは話をするな」と言い続けられるのだ。

 

どこかのブログ?か何かの記事に出ていたが、某小学校の校長が会議か何かで他校へ出向いていった際、すぐ近くまで行きながら目的の学校が見つけられずにウロウロしていた。校長が下校途中の子供たちに学校の場所を尋ねようと近づいて行くと、子供たちは問いかけなどに耳を貸さず足早に逃げて行こうとする。子供たちはキョロキョロとウロつく校長を、町中を徘徊する不審者と見たのだ。

 

さらにこんな時、怪しいと見た機転の効く女の子は、目にした変な人間と不自然な行動を親に携帯電話で報告する。すると親はすぐにそのことを学校に連絡する。学校側は間髪いれずに警察や教育委員会にその旨を通報すると、今度は教育委員会などから不審者が出たという一斉通知が親たちに発せられるのだ。最近では、頻繁すぎる不審者出没通知に緊張感も何もないという。

 

広島市の小学1年生の女児が下校途中にペルー国籍の男に殺害され、段ボール箱に死体を遺棄された事件や、奈良の新聞配達員による女児殺害事件など、大きく報道された痛ましい事件はいまだ記憶に新しいし、その他同種の事件を含めるとそれこそ枚挙に暇はない。

 

ところで、知らない人とは、兄ちゃん、おっちゃんだけとは限らない。姉ちゃん、オバちゃんも怖いのだと教えられる。しかしもっと恐ろしいのは、親や親族などである。身近な人間が起こす傷害や虐待の方が件数も多くおぞましい。

最近では教師や警察官、あるいは某市の公務員など、官職にある人間が事件を起こすケースもめずらしくない。自分の立場と言うものを弁(わきま)えることができない人間が、一般人を教示する地位や身分に就いている。自制心はないのかと情けなくなる。

 

これでは誰も信用できない。それゆえ、こうした警戒心というか用心深さというものを、子供たちの心に植えつけていくことは大事なことだし、仕方のないことだとも思う。がしかし、これだけネガティブなことばかりを教えられ頭に叩き込まれると、大人に対する不信感や偏見といった悪い先入観ばかりが助長されて扶育されることになる。人間不信に陥ってしまう子供が出てきたとしても不思議ではない。

 

こんな光景を目にしたりしたことはないだろうか。(ほんとうに)一部の子供や中高生たちの、年配者に対する度を越した毛嫌いの仕草や、嫌味な物言いを‥。もちろん一概には言えないが、子供たちに対する紋切型の注意喚起と恐怖を植えつけるような画一的な教え方が影響しているのではないかと思ってしまう。

 

「知らない人は怖いよ‥、恐ろしいよ‥、気をつけなはれや‥」と一方的に警戒心ばかりを煽るだけでなく、それと同時に、人と人とのぬくもりや結びつきの大切さ、人への思いやりや労(いたわ)りといった心の機微も教えていくことが大事だと思うのだが‥。

 

 

マカオの幼児(ロウリムイオック庭園)  親の迎えをを待つ園児たち、左端の先生がにこやかに見守っている。 

 

それにしても、今月(3月)に入って、孤立死(孤独死)や児童虐待の事件が頻繁に報道されている。周辺の住人たちも「なんか‥おかしい‥」と感づいていながらもそのままにする。あるいは行政機関や警察に通報したにもかかわらず、役人や官憲の動きは鈍重で惰性的だ。真剣さや気概は微塵も感じられない。

 

私企業のような切迫感などないぬるま湯の中で、緊張感も使命感も責任感もおっぽり出して漫然といつもの仕事をこなしているだけだから、通報を受けても迅速で的確な対処ができない。

そして不手際が大きく報道され世間が騒ぎ出すと、お決まりの会見を開きカメラの前で苦悶(する格好を)し、反省(するふりを)しながら一斉に頭を下げる。何度も何度もテレビの画面で見てきた光景だ。一般衆生は「また、やっとる‥」という思いで見ている。

 

他人や社会に無頓着で無関心、そして周囲に無干渉という冷淡で寒々した社会が広がっている。まるで、かつての旧共産圏諸国のような人間味の欠落した空疎で索漠とした社会を想起させる。

 

中国の安徽省で暴漢に襲われて倒れていた女子高生を、警察が死んだ浮浪者と判断し放置したままにしていた事件がNHKでも民法のワイドショーでも大きく取り上げられている。また、それ以前の事件で、交通事故に遭って倒れている女児に無関心で通り過ぎる一般庶民の様子も批判的に同時に報道されている。中国人のこうした無慈悲で残忍な行為を、われわれ日本人は嘲笑と苛立ちを交えながら見ている。

 

日本でも昨年12月、長崎県で起きたストーカー殺人事件で被害者が出そうとした被害届けを来週に回させ、その間に慰安旅行に行っていた千葉県警習志野署の担当職員らの身勝手で不誠実な行為が発覚した。殺人事件はそれから間もなく発生した。

事件後の検証では慰安旅行についての報告は何もなかった。いずればれてしまうにもかかわらず、それでも隠蔽しようとする姑息なやり方はいつものことだから驚きもしない。

 

中国で起こった官憲の無責任で非道な行為を、大きくテレビなどで取り上げている日本だが、反対に中国では仕事をほっぽり出して慰安旅行に行っていた使命感も責任感もない日本の官憲のニュースは報道されているのだろうか。

あるいは家の中で亡くなって1ケ月も2ケ月も経ってから発見されるという、無関心で不干渉な社会についてのニュースなども流れているのだろうか。

 

偉そうなことは言えない‥。同じだ、同じだ‥、ようするに役人や官憲は中国人も日本人も所詮同じ穴の狢(むじな)ということだ。

 

しかし、それにしても、輿石、仙谷、樽床の中国詣でって何なんだろう?日本でやらなければならないことが山盛りだというのに、彼らは何をやってんだ‥。鳩山は政争屋小沢の親書を持参しているとのことだ。

ああぁ~もうこの党にはうんざりだ‥ほんとうに‥。(了)

 

 

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レンジャーズ・ダルビッシュ有:肩肘張らず、粋がらず、鯱張らずに悠然と‥

2012/03/18 08:07

 

解説者の武田さんもNHKのアナウンサーも、なぜ何も言わないのだろうと不思議に思った。かろうじて3回の秋信守(チュシンス)の打席の時に、アナウンサーが一言「まっ、時間も長くなりました‥そのあとのピッチングです」と言っただけだった。

 

3回裏、ダルビッシュは二塁打、四球、四球とノーアウト満塁の大ピンチを自演する。2番打者に右前に適時打され1失点。3番秋信守はスライダーで4-6-3のゲッツーだ。この間に2点目を失った。次打者の4番ハフナーは2-1から直球で中飛に打ち取りスリーアウト。この回で降板した。球数は61球だった。

 

 

 

この日はブルペンから調子はよくなかったという。立ち上がり、2連続四球の乱丁でコンディションの悪さをさらけ出していた。トレアルバ捕手の盗塁阻止がなければ、大量点を奪われていたと振り返えった。とはいえ、2回裏は1本のフロックヒットのほかは2三振を奪っている。

 

3回表、味方打線は一挙7点の大量点を上げる。この回の攻撃時間は何分ぐらいだったのだろう。録画など撮っていないのでよく判らない。ウェブ上の動画サイトを調べてみたが同じく判然としない。感覚的に20分~30分ぐらいは攻めていただろうか‥。

 

この攻撃回のとき、ダルビッシュは完全に自制心を失っていたようだ。ダッグアウト内でじっと座っていることなく、まるで動物園の檻の中のトラのように行ったり来たりを繰り返していた。

 

初めは「ウロウロせんと、じっと座っとれヨ‥」と思いながら何となくテレビ画面を見ていた。1度、2度とダッグアウト内の右端に置かれた水タンクのところに来て水を飲む。まったく落ち着きがない。

3度目に左端から右端の水タンクのところにやって来てまたまた水を飲んだとき、私は早朝にもかかわらず思わず突っ込みを入れていた。

「お~ぃ、ダルビッシュ‥、お前‥なんぼ喉渇くねん‥」と。

 

本来なら大量の得点はピッチャーにとってはありがたい。にもかかわらず、ダルビッシュは味方の長すぎる攻撃にイライラしていたのだ。立ちあがりからのピッチングの不甲斐なさが、そうさせていたのだろう‥。

試合終了後、ダルビッシュ「日本では、ピッチャーが不調の時はチームが攻撃している間にキャッチボールをして調整できるけれど、ここではできない。それに慣れていきたい」と話した。

 

確かに3回表、彼はダッグアウトでかなり焦れ込(じれこ)んでいた。表立っては、苛らつく素振りは微塵も見せず、表情も変えることなく平静を装っていたのだが、身体のほうは言うことを聞かない。腰は座らずせかせかと動き回る様は、まさしく檻の中の苛立つトラである。明らかに冷静さをなくしていた。

 

このダッグアウトの落ち着きのなさを見ていて、私は、3回裏は絶対打たれると思った。しかし、3回裏の先頭バッター、ハナハンへの初球、144kmの外角ストレートのストライク球を見て、「ええ球や」と思った‥のはそれだけで、あとはアップアップの投球となったのだ。

 

私はこのことを解説者とアナウンサーに喋ってもらいたかった。あの長い攻撃の間、テレビカメラは執拗にダッグアウト内を映していた。したがって次ぎの登板を待つダルビッシュの精神状態もよく観察できた。にもかかわらず両者(解説者とアナウンサー)はこのことについてまったく触れることはなかった。

ダルビッシュが投げていない間、トイレに行っていたのか、それともコーヒーでも入れに行っていたのかと疑った。

 

トラが沈着、泰然と体を横たえているときは貫禄がある。ダルビッシュもダッグアウト内で口をつぐみじっと前を見据えているときは、あの顔立ちと顎ひげから、若干26歳にもかかわらずまるでギリシャの哲学者?の彫像のように見えてくる。

 

とはいえ、彼はまだ26歳だ。若い。会見やインタビューの受け答えから、「負けるもんか」という意気込みと一所懸命に気を張っている雰囲気が読み取れる。

これから160試合、中4日で投げていかなければならないのに、何だか緊迫感がみなぎり過ぎているように窺える。

 

 

ワシントン監督は「有は感じたことを言えばいい。自分に自信があることはいいことだ」と感想を述べているが、「しんどい、しんどい、しいどいぞぉ‥」と一般衆生は思ってしまう。

 

もう少しゆったりと、物事に動じることなく自然体で、悠然とゲームに臨み、マスコミに対処していかないと青色吐息で息切れしてしまう。

肩肘はらず、粋がらず、鯱(しゃちほこ)張らず悠々と、必要なときには少しだけ内面をさらけ出したりする息抜きも必要だ。

 

 

 

レッドソックスの松坂はジャイロボールを投げると持て囃された。本人はそんな球見たこともないのに‥。ずいぶん昔のことになってしまったが、残念ながら契約金に見合った仕事はしていない。

 

ダルビッシュは七色の球種を投げ別けると誉めそやされ始めている。野球好きのアメリカ国民もマスコミもどれだけ活躍するのかと楽しみ一杯、胸一杯だ。

高額の契約金だけの働きはしてもらいたいと期待も膨らむ。だからこそ、アメリカのメディアの通信簿は厳しいぞ。好不調の波は何度でも襲ってくるが、悪いときの評価は日本以上に辛らつで激しく容赦はない。

 

多くの日本人も、ダルビッシュが15勝以上することを期待している。今年のMLBは絶対に面白くなること請け合いだ。

 

ところでダルビッシュには七色の球種に加えて、もう一つ得意とするものがある。それは皆さんよくご存知の「ツイッター」である。かなり自由に使いこなしているようだが「アホちゃう‥」はいただけませんので、使用にあたってはどうぞ慎重に‥。(了)

 

 

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学力優秀の東大の先生方‥、早朝の草野球の後日談をお一つどうぞ‥

2012/03/07 06:01

 

雨季の終わりのじめっとした外気が、グランド中を包み込んでいたあの日の早朝草野球からウン十年、Wさんは早期退職を受け入れた後、元取引先の会社に入って元気に働いておられた。おっとりとした雰囲気とやや丸みをおびた体型は昔とあまり変わっていない。しいて言えば薄くなった頭髪の白髪が多少目立つぐらいのものだ。とはいえ、鷹揚とした風貌には似合わない、芯の強さと頑なさを窺わせる小さな目はその時も輝いていた。

 

ジョッキーでビールを飲む私の横で、燗にした日本酒を、ガラスのコップにそそいでゆっくり飲む様子も昔と変わりはなかった。

ひとしきり現在の仕事のことなどを話したあとで、私はあの時の早朝草野球のことについて聞いてみた。それまで、ウン十年間そのことについて話などしたことはなかった。お互い職場が変わってしまったこともあるが、私にとってはそれほど興味深いものではなかったからだ。とはいえ気にはなっていたが‥。

 

「あの時のこと憶えてはります?」

「何となく‥」

「何となく‥ですか?」

「何で今になって聞くんや‥、同じ職場で話をする機会はなんぼでもあったのに‥」

「当時はそれほど気にしてなかったから‥」

「ふぅーん‥」

「どう思いました?」

「別に‥、Yがオーダーを組めというからそうしただけや‥」

「それだけ?」

「そうや‥それだけや」

「そやけど、私、はっきりと憶えてますよ‥、Wさんの目光ってましたワ‥」

「アホか‥何で分かんねん‥ハッハッ」

 

YとWさんは同い年だ。Yは大卒でWさんは高卒。Yは○語と○語の2ヶ国語を喋る。彼が外国語を2ヶ国語も習得した方法は誰も知らない‥。

 

ひと時、Wさんが奥さんと一緒に昨年訪れたというシンガポールについての話をする。ラッフルズホテルに出かけていき、シンガポール・スリングを飲んだと嬉しそうに話す。それにしてもシンガポールはどこもかしこも建設ラッシュで、日本の潜水艦のような沈滞ムードが信じられないほどの景気のよさだったと話した。

 

酔いが回って気分も良さそうだったので、もう一度早朝草野球の件に話を向ける。

「ひつこいなぁ‥」

「‥‥」

「ひつこい奴ちゃ‥、そうや‥そのとおりや‥」

「何がです?」

「分かってたよ‥Yが俺にさせようとしていたことは‥」

分かっていたと聞いて、私は何だかホッとした。 

「だから俺はU(課長)を先発メンバーから外したんや‥」、

「そうでしたか‥」

「最後までゲームにUを使わんといてやろうと決めていた‥」

「そうですか‥」

 

「そうですか」に力が入った。いやいや、聞いてみるもんだ‥と思いながら、驚き、桃の木、山椒の木と呟いていた。

 

「何?なんかゆうたか‥?」

「いえいえ‥何も‥、なのにYが4回にピッチャー交代と言った‥」

「そや‥、ムカッとしたけど‥もちろん何も言わんかった‥」

「Y自身がヤバイと思ったんでしょうね‥」

「ハッハ‥、ちょっと慌ててやがった‥」

「直球ビシッとなんて、ベンチャラ言っていた‥」

「ハッハ‥」

 

まさかの答えを聞いてしまった。WプレーイングマネージャーはU(課長)を使うことなくゲームを終わらせようとしていたのだ。

ウン十年も前のことにもかかわらず、私は何だか痛快な気分になっていた。ビールは2杯が限度だが、めずらしく3杯目を頼んでいた。

 

会見する東大医師団と天野先生と宮内庁皇室医務主管。

 

心臓の冠動脈バイパス手術を受けて入院していた天皇陛下は、4日に無事退院された。陛下は11日の東日本大震災1周年の追悼式への出席を強く希望されているという。皇室医務主管は出席時間短縮などの対応で検討するとのことだ。

 

東大理科三類-医学部は、有名進学校の学力最優秀の生徒たちの、さらにその上を行く学力試験能力の超優秀人間が入るところだ‥。優秀の上の秀逸のさらのもう一つ上の<天才>ということらしい。

見たもの、聞いたもの、学んだこと、教わったことは、自然にすべて脳みそに蓄えられていくから、ガツガツする必要などまったくない。

 

この「東大理三に合格できる頭を持っている」というところを見せつけるためだけに、ここに入ってくる人間もいるとのことだ。つまり、医学を学ぶ気もなしに、最難関のここに入ってやったということを嬉しがっている<試験能力だけが天才>の下種な野郎もいるという。

 

愚鈍の衆には雲の上の話しだと思いながらも、いくらく学力試験能力の天才>であっても、手先の不器用な人間や、他人を慮る能力が劣る人間や、機微の欠如した人間には医者は務まらない。機微とは人を思いやる優しい心と、その人の微妙な心の動きを察知する能力である。

医師に必要なのは「手先」と「機微」の細やかさである。

 

学力試験能力が天才ということだけが選抜の第一義になっていて、上記のような事柄は二の次という東大医学部の体質を批判する人もいる。すなわち、入学にあたっては、もっと記述能力(論文)や人となり(面接)や高校時代の校内外の活動などを評価する選抜方法を取り入れろと進言しているのだ。

 

本来、超優秀な人間の集まりである東大の医師団が、すべての責を負って執り行うべき天皇陛下の心臓手術を、部外者である順大の天野先生が執刀したという理由がこうしたところに見え隠れする。

 

終わりに「へぇ~」と唸ってしまったことを二つ‥。「えぇ‥二つかい‥」と三村のつっこみが聞こえてきそうだが、Yの嫁さんの紹介者はUであり、したがって仲人でもあった‥ということをずっと後で聞いた。もう一つ、ソフトボールを「女投げ」していた人の息子が東大医学部出だということも後に知って、「へぇぇぇ~」と唸ってしまった。(了)

 

 

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天野篤順天堂大教授:東大医学部中心の医療体制の中に先生が‥

2012/02/25 05:25

 

天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術が2月18日、無事終了した。経過は順調で、陛下は20日に集中治療室から特別病室に移られた。早くよくなられることを祈っております。

 

手術翌日、19日のSANKEI EXPRESSに-「情熱の男」異例の医師団加入-という表題で、今回の手術に加わった順天堂大の天野篤(あつし)教授の来歴が書かれていた。

この表題を一目見て、何か釈然としないものを感じた。「情熱の男」という文言は、そのとおりだろう。それに続く「異例の医師団加入」という表現が腑に落ちなかった。

 

東大医学部が中心の医療体制の中に「(日大医学部出身の)医師が異例にも加入した」ということを、さりげなく強調して言っているのだろうか‥と思った。もちろん他意などないだろう。事実をそのまま書いているだけだが、しかし何故だか詮索してしまう。

 

異例の医師-天野教授は、日大医学部を1983年に卒業後、各病院を渡り歩いて「武者修行」を重ね、国内外で評価を獲得した異色の経歴の持ち主で、06~10年の5年間で約3000件の手術を手がけ、世界最高水準の医師が集まる米国胸部外科学会の正会員にもなった、とある。

 

心臓外科医を志したのは、高校時代に父親が心臓弁膜症の手術をうけたことがきっかけだった。日大医学部には3年浪人して入った。

元上司の医師は、知識や技術を吸収するスピードが、格段に速かった。あくなき研究心と治療への熱意、そして責任感もことのほか高かったと評価する。

 

 

手先の器用さはもちろんだが、常に学究を怠ることなく、人一倍新しい知識を取得し、技術を習得していく進取の気性に富んでいたからこそ、旧帝大医学部出身者に伍しての、今回の大役だったのだ。

心臓外科医は強烈な個性の持ち主ばかりで、みな自分が一番と思っているが、その誰もが天野教授の実力を認めているという。

 

たとえ旧帝大医学部を出ていても、不器用で雑駁な人間には、心臓外科医や脳外科医は務まらない。したがって、自分のことをよく知っている人は迷うことなく別の道を選ぶ。それが普通だし常識だ。ところが、しばしば自分自身を見誤っている人に出くわすことがある。願望は成就したが、腕がついていけていないということだ。

 

  

 

すごい倍率の競争を勝ち抜き、念願の航空機のパイロットになったのだが、人よりちょっと不器用なところがあって、着陸時の操縦技術に難があり、いつまでたっても上手くならない。仲間内からは陰で“下手”というレッテルが張られていて、一部のCAなどは不安感を滲ませる。とはいえ、彼自身は自分のことを一番よく知っているから、いつもかえって慎重で沈着にタッチダウンを行う‥のだが、それでもドスンと落ちる。

 

難関の大手広告代理店に優秀な成績で入社したのだが、発想力がまったくないため、私立大学出身者に負けている。碌な着想も閃きも出てこないから、大きな仕事は任せてもらえない。こんな業種に勉強ができるだけの人間など必要ない。とはいえ、経営や人事面では頭角を現してきている。さすが一流国立大学出身者だ‥。将来の社長候補らしい‥?

 

父親はJRAでも特筆すべき優秀な騎手だった。父の背中を見て育った。自分も同じ道を進もうと、難関の騎手学校に入り、優秀な成績でそこを卒業し憧れの騎手になった。将来を嘱望されていたのだが、騎手としては何年たってもヘタコのままで、先が見えない。有力馬の騎乗依頼など望むべくもなく、騎乗回数で人生の茶を濁している。とはいえ、こんな人に限って調教師になったとき、クラシックレースの優勝馬を何頭も育て上げたりする‥こともある。

 

騎手の話は別にして、特段よく勉強のよくできる人は、自分が願望する仕事(職種)に難なく就くことができる。その他大勢の人たちは、一所懸命努力をしてもなかなかそうはいかないことが多い。もって生まれた脳みその、皴の数に大差があるから致し方ないといえばそのとおりだが、しかしそれは勉学の面においてのみである。

 

試験勉強の能力は劣っていても、持って生まれた手先の器用さや、物を作り出す巧みな技量と手腕、斬新なアイデアを次々と生み出す知力、改良や工夫する能力に長けた人はいくらでもいる。こうした能力は旧帝大出身もクソもないのだ。

 

前述したとおり、天野先生には手先の器用さと力量があり、さらにその上、人一倍の探求心で知識を吸収していく精励があって、現在の地位と名声を得ている。

この先生を見ていると、試験勉強のできる奴らに負けるもんかという気力が湧いてきませんか?とはいえ、手先の器用さだけでは、高級官僚にはなれませんが‥。

 

終わりに、天邪鬼の戯言を‥。東大医学部中心の医療体制の中に、完全なよそ者である私立大学医学部出身の医師を招き入れたことは正直驚きだった。ある意味、東大側の英断だとも言えるのだが‥それだけだったのでしょうか‥。

 

 

昔々、サラリーマン時代、野球のグラウンドがたまたま取れた(抽選が当り)ということで、始業前に早朝草野球をやったことがあった。当時、私は転勤してきてまだ3ヶ月ほどだった。

それまでに2度ほど休日に草野球を楽しんでいたが、早朝にプレーするのは初めてだった。

 

この日は野球大好きのU課長様も参加されておられた。いつもと違うなと思ったのは、この日に限って、仕切り役の、私より2年上のYと3年下のXが、控えめで大人しいWさんに対して、プレーイングマネージャーなどと持ち上げ、先発オーダーの人選をやるようにと薦めていた。

私は、「へぇ~‥」と思いながら何となく見ていた。

 

Wさんも転勤してきてまだ半年ほどだった。ちょっとおっとりしたところがあって、周囲の人間関係などあまり意に介することのないWさんは、言われるままに何の違和感も抱かず、自分の考えでオーダーを組み、試合を始めた。U課長様を先発メンバーに入れることなく‥。

 

4回裏の守備の場面で、Yが声を発した。「ピッチャー交代」と言ってボールを取ると、それを野球大好き課長様に手渡しながら、「課長、“びぃしっ”と直球を見舞ってやって下さい」と満面の笑みでのたまったのだ。

 

嗚呼、U課長様、まだ元気で生きておられることとお察しいたします。遠い、遠い昔のことでした‥。(了)

 

 

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